EXHIBITOR

Atsuko Anzai

1936年 大阪に生まれる。
1939年 京都の母方の祖父母の家で成長。
1952年 ドイツ・バウハウス式教育をしていた大阪市立工芸高校図案科で、グラフィックデザインの基礎を学ぶ。
1955年 父母兄姉のいる東京の実家へ移転。
1955年 日本のグラフィックデザイン界で主導的な役割を果たしていた、亀倉雄策氏に師事。
1958年 日本のグラフィックデザイン界への登竜門と言われた、日宣美展・奨励賞受賞。
1959年 デザイナーの亀倉雄策、原弘、田中一光らが中心となり設立された、広告・デザイン制作会社の日本デザインセンター設立と同時にグラフィックデザイナーとして入社。
1961年 植松国臣・石黒紀夫との共作「東京オリンピック開催期に於けるThe Japan Timesの1ページ広告に関する提案」で、日宣美展・会員賞受賞
1962年 日本デザインセンター退社・グラフィックデザイナーとして独立。
1964年 オリンピック東京大会組織委員会デザイン室で、東京都歓迎装飾基本デザインを担当。
1964年 5月5日・羽田空港よりフランス・パリへ出発。
1964年 パリ到着後、車を買って1964年?1966年迄の2年間、ポルトガル・スペイン・スイス・イタリア・ロンドンなど各地を旅する。
1966年 パリに定住を決め、アリアンセフランセーズに通い、フランス語の学習を始める。
1967年 大阪万博繊維館内インスタレーション。
1968年 パリのデザイナー・スタイリスト集団 “Mafia"に参加。    
1970年 高田賢三のブティック・jungle jap 設立に参加。
1971年 パリ6区bd.Raspail にテキスタイルデザインのアトリエ・アツコ設立。
イタリア・ビニ社、イタリア・カントーニ社、 イギリス・リバティー社、東京・三菱レーヨン、京都・幾久繊維、京都・丸増、などと契約。
1972年 一年間限定で、ロンドンカルチャーを体験するために、アトリエをロンドンに移す。
1978年 日本「studioV by IRIE」設立に際し、ファッション・ディレクターとして参加
1983年 入江末男のパリのブティック「IRIE」設立に参加。
1989年 有楽町西武で開催された「Liberte KENZO」高田賢三展のアートディレクター。
1999年~2016年
フォンテンブローの森を通り抜けて30分程のフランス・ブルゴーニュ地方の農村地帯に セカンド・ハウスを購入。
築200年の家を土地の職人達の手を借りて、自分でも金槌を片手に改装。
1.200平米の土地に花壇を作り四季折々の花を育て、果樹園・野菜園で無農薬のフルーツ・野菜類を育てる。その新鮮な収穫物を車に満載してパリに持ち帰り友人達に配る生活を楽しむ。
2013年 パリで活躍する若い建築家・野田真紅さんに設計をお願いして自宅を改装。パリ左岸、1800年代の建物の一階、一坪茶室と石壁が特徴のミニマリズムの内装。
2017年 フランスの田園農村地帯の生活を十分満喫したので、セカンド・ハウスを売却する事を計画。
今後は自宅のあるパリ6区,Vavin, Montparnasse 地区にピンを立て、クレイジーな先人達が歩いた道をウオーキングして体を鍛え、本や新聞を抱えて陽の当たるカフェのテラスに座り、世界にアンテナを張りめぐらして、とんでもニュースに一喜一憂するシニアライフを満喫したいと思います。
Atsuko Anzai さんの出品